アリゾナ解剖学実習~後記②~かき消される価値観

John(ご献体のニックネーム)を目の前にして、表皮を剥がし、骨格、静脈、神経、筋肉などが露わになって、腕や足を動かしたり、クラニオの触れ方で頭部や足、腹部を触れてみる。

 

そこには、存在すると思ってもいなかった「生命の源」的なものを、リアルに感じ捉えることが出来る。

 

間違いなくJohnは息をしていないのだけれども、そこには「ある」
それも、ありありと生き生きとして「ある」

 

「ある」は、クラニオでいう「原初呼吸」のようなもの。
この「ある」という感覚は、解剖が進んでも、ずっと最後まであり続けました。

 

そんな体験をして帰って来てから、そもそも、信じてきたこと、価値観さえ、すべて幻想なんじゃないかという不確かなつかみどころのない感覚に陥ります。

 

今まで、信じてきたことは何なんだろう?
もっと見たものを信じる力をつけたい。

 

そんな風に思うのです。

 

大切だと思って書き留めてきたことが、すべてかき消されていきます。

 

意図して消されたのではなく、ごく自然に。
ギュッと握りしめていた手が、何の抵抗もなく開かれていくような開放感とも似てる。

 

そんなことも大切だと信じていたことがあったよね。と遠い昔を眺めるような日々が続きました。

それは、今でもあります。

 

どんなことでも、今この瞬間に立ち止まれば、すべては過去のこと。

今この瞬間に居続けると、「からっぽ」の心になるのかもしれないです。

決して、何も考えないとか、決断しないとかそう言うことではない、ただ単に「からっぽ」

 

それらは、施術にも生きています。

 

クラニオでは、施術者がいかに「無」でいること「静か」「クリア」「中立」でいることが求められます。
透視にしてもヒーリングにしてもね^^

 

クライアントの生命のリズムの中で、フッと降りてくる何かをキャッチして、それに沿って施術を進めていきます。

 

施術者が、何かを強制したり操作をしたりを意図的に行うことはありません。
なぜなら、クライアントの主体性をもっとも優先しているから。

 

現に、帰国後にクラニオを受けてくださったリピーターさんが、「どう言葉で言い表していいのかわからないけど、今までと全く違います!いつもすごい!と思うのだけど、すごいのレベルが違う・・・」と言われることが続いています。

 

きっと、私の「からっぽ」が、よりクライアントの「主体性」をより引き出しているのだと思います。

 

私の施術に何か変化があったか?と言われると、何もありません。
いつものスキルでいつものスタイルで行ってます^^

 

唯一気をつけているのは、解剖で見て触れてきた感覚を、すべてリセットすること。

 

やはり、圧倒的に焼き付けられた解剖の映像は、第6チャクラに残像として残ります。
それを通してクライアントを見ていては、本当にクライアントを見ていることにはならないからです。

 

これは、解剖において言えることではなく、どんなに素晴らしい知識や経験があったとしても、それらを一度横において、まっさらな気持ちで向き合うことは、どんな施術においても大事だと思います。

 

私のちっぽけな経験や知識を通してクライアントを見るということは、クライアントの叡智に対する冒涜に値すると思っているからです。

 

施術においての変化を強いて言うならば、Johnにもあった「ある」の感覚を見つけるのが早くなったかもしれません。

 

その「ある」という感覚は、「私がここに存在する」という存在意義の安心感が、心と身体、そして魂との結びつきを強固にすると考えています。

 

他者と繋がろうとする前に、自分としっかり繋がれば、自然と必要なものと繋がっていきます。

 

そこには、何が大切であるとか、意識が高いと低いとか、善と悪とか、何かを分別することなく、ひとつになれることが「ある」ということなんじゃないかな^^

 

アリゾナの解剖学実習のシェア会を開催します。
詳細はこちら
http://nijiironohashi.com/archives/2744

 

※写真はホテルで食べた夕食。
解剖は体力勝負のところもあり、一日が終わるころには腹ペコ。
何を食べていても、解剖の話は尽きぬ・・・

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